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Googleカレンダーの共有が,夫婦やカップルのコミュニケーションを可視化してエンパワーメントする!

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日々愛を実践し幸せにならんとするバカップルの皆さんにあっては,「あらゆる愛を交わしたい」という思いと「時間と相手の関心は有限である」という思いとの間で,日々思い悩んでいることかと思います。

人間は罪深い存在です。

ぼくたちはともすると,自分のすべてを伝え,すべてをわかってほしいと願ってしまいます。

人間は傲慢な存在です。

ぼくたちはともすると,相手のすべてを理解し,すべてを受け入れたいと願ってしまいます。

しかし現実はどうでしょう。

朝起きた時間,歯磨き粉の種類,朝食のお米の銘柄,洗顔フォームのブランド……日常生活のすべてを伝えるのはムリというものです。時間は有限ですし,共有する事柄が多くなりすぎると,なにが重要でなにがノイズなのかも分からなくなります。

ぼくらはもっと,愛の本質 について考え,語らなくてはなりません。

と,そんな悩みを抱くみなさんに朗報です。

Google カレンダーの共有機能を使って予定を共有すれば,あらゆる面で人生がうまくいきはじめます。実際ぼくがうまくいきましたので,その旨をここにご報告します!

↓参考(共有の仕方)
www.appsupport.jp

些細な予定を共有しよう

ぼくらは現在,

  • 僕のカレンダー
  • ハニーのカレンダー
  • 共通のカレンダー

の3種類のカレンダーを作成しています。共通のカレンダーにはデートの予定や入籍予定日などが記入されています(共通のカレンダーの詳しい説明は別な記事に譲ります)。

では「ぼくのカレンダー」や「ハニー」のカレンダーに何を書いているのか。日常の些細な予定を書いています。

たとえば

  • ハニーが美容院に行くこと
  • ぼくが友達と飲みに行くこと
  • 資格試験の日程
  • 仕事の日程

といった内容を書いています。

なんだか息苦しいですか?

「管理されてるみたいで,面倒そうじゃん」ですって?

真逆ですよ。

「『なにをしているのか』が視える」と,快適になる

カレンダーを共有すると,「自分がなにをしているのか」が相手に見えるようになります。反対に「相手がなにをしているのか」も見えるようになります。

すると,コミュニケーションの齟齬が非常に小さくなります。

「この日空いてる?」「ごめん」

たとえばデートの予定を考えるとしましょう。

テレビ「デートはいいぞ」
男(そうだな。デートがしたいぞ)
男「○日空いてる?」
女「ごめん,その日は予定があるの(友人の結婚式だった)」
男「そうなんだ(「予定」ってなんだよ。言えないことなのか?)。じゃあ○日は?」
女「ごめん,その日も予定があって…(その日親戚が来るんだった)」
男「そっか…」
女「じゃ,じゃあ○日は?(この日ならなんとか予定ズラして空けられそう!)」
男「ごめん。その日飲み会があるわ」
女「飲み会…そうなんだ,誰と行くの?(男くん怒ってるのかな?)」
男「いや,職場のひとだけど(なんだよ俺が悪いみたいじゃんか)」
男(その翌週なら空いてるけど…まあいいか)
女(その翌週なら空いてるけど…いまは言わないほうがいいかな)

控えめに言って 地獄 ですね。

人間にとって「断る」というのは大きなストレスです。できることなら断りたくありません。まして,デートの誘いを断るというのは後ろめたい気持ちにもなりますね。

では, Google カレンダーが共有されている世界ならどうなるでしょうか?

「この日空いてる?」「うん」

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同じシチュエーションで考えてみましょう。

テレビ「デートはいいぞ」
男(そうだな。デートがしたいぞ)
男(今週の土日は予定あるのか。金曜日は俺飲み会なんだよな)
男「来週の土曜日空いてる?」
女「空いてるよ!会いたい!」
男「いえーい!」
女「そういえば金曜日飲み会なんだね。楽しんできてね」
男「うん!」

いかがでしょうか?

これが Google カレンダー共有の力です。

「管理されるのが窮屈」という誤解

カレンダー共有というと「管理されているみたいで窮屈」と言うひとが現れますが,それは誤解です。

カレンダーの共有は「今日どこにいくの?誰といくの?何時から何時まで行くの?」と言う質問からの解放なのです。口頭でやり取りするほうがよっぽど管理されているように感じませんかね。

また,言いたくない予定(がもしある)なら,はじめから書かなければいいだけです。

「事実の共有」がされていると,会話の質が「ちょっとだけ」変わる

カレンダーを共有すると,「自分がなにをしているのか」が相手に見えるようになります。反対に「相手がなにをしているのか」も 見えるようになります。

すると,「事実」が見えることで,会話の質が「ちょっとだけ」変わります。

Googleカレンダーは「話したいだけ」を叶えるツール

生きていれば誰にだって「話したいだけ」という出来事があります。

しかしまた,「話したいことをすべて話す」ことへの抵抗があるのも事実です。

それなら,「今日するできごと」「今日あったできごと」を Google カレンダー に書いてしまえばいいのです。なんか思ったことがあれば Google カレンダーの「メモ」の欄に追記しておくといいでしょう。

もしかしたらメモ欄は読まれないかもしれません。でも,読まれるかもしれません。

「こんなことがあったよ。興味があったらみてね」という程度の話を伝えられるのが Google カレンダーなのです。

「今日○○行ったんだね,どうだった?」

これは非常にニュアンス的な話なのですが,

「今日○○行ったんだ」

「へー,どうだった?」

というやり取りと,

「今日○○行ったんだね。どうだった?」

というやり取り, 愛を感じるのはどちらでしょうか?

ぼくは後者だと感じます。

この違いがなんなのか,自分にも良くわかりません。しかし,なにか見えない理論によって,後者の方が 愛を感じる のです。

また,相手が誰とどこに行ったのかをあらかじめ知っておくと,話もスムーズです。「どこに行ったの?」「誰といったの?」「何時から?」といった質問は,なんだか息苦しいというか,尋問のような雰囲気になります(まるで浮気でも疑われているかのようです)。「どうだった?」は,愛と安心に満ちた質問です。

SNS的なコミュニケーションは「心地いい」

なぜ,TwitterFacebookInstagram はこれほど流行っているのでしょうか?

それは,多くの人が利用しているからです。ではなぜ,多くの人が利用しているのでしょうか? それは,「利用したいから」です。ではなぜ,「利用したい」のでしょうか? それは,「心地いいから」です。

では,何が「心地いい」のでしょうか?

「薄く話題をばら撒き,興味に応じて回収する」というコミュニケーションの在りかたではないかと,ぼくは睨んでいます。

ただでさえぼくたちは愛を囁くことに多大な時間を投じているのです。「今日はこういうことがあったよ」という話をすべてを全力で聞いていたら,とうてい時間が足りません(この記事の想定読者はバカップルの方々なので「疲れてしまいます」とは言いません)。

Google カレンダーに予定を入れていく作業は「つぶやき」に似ています。そして「いいね」や「リプライ」を会話ですればいいのです。

ほんのわずかな違い

以上,なにか劇的な変化があるように書いてきましたが,まったくそうではありません。

むしろ,これらのことは「意識しないと気づかない」レベルの些細なことです。これにあてはまらないことも多いですし,コミュニケーションの在りかたが激変するわけでもありません。Google カレンダーですべての予定を共有しているわけでも,会話がすべて感想から始まるわけでもありません。5回か10回に1回,ちょっとだけなにかが良くなるくらいです。

しかし,それでいいでしょ。

コミュニケーションの在りかたが激変してしまったら,そこにいるのは最初にいた2人ではなくなっちゃうじゃないですか。

Google カレンダーの効果なんて,「いい米に変えたらご飯が少し旨くなった(気がする)」「洗剤がパワーアップしたら油汚れが落ちやすくなった(気がする)」レベルでいいんです。

大切なのは,愛を実践し続け,幸せにならんとする心意気ではないでしょうか!!